続・本質を捉えた園舎を創りたい
先日、"本質を捉えた園舎を創りたい"と言う記事を書きました。
そしたら、何人かの先生から共感のメッセージを頂きました。
こうした先生方がいる事を嬉しく思います。
世の中にある問題に対して問題提起をする事は普通に見ればリスクのある事です。
まして、園長や園の先生と言う立場での発言を嫌がる方も多いのが普通です。
にも関わらず、堂々と発言出来る事は本当に子ども達の事を考えているんだなと感じます。
こんなやりとりをしていた時にふと以前にデンマークへ行った時の事を思い出しました。
↓ デンマークのある幼稚園です。
日本ではまだ少ないですが、運動会の為の平らなグランドでは無く、遊ぶための園庭が当たり前にあります。
ただ、ここで見て欲しいのはソコでは無くて奥に見える木製フェンスです。
拡大するとこんな感じです。
まだ伝えたい事が伝わらないので拡大しますと、こんな感じです。
木材の表面を見ると解るのですが、ザラザラです。
手を当てて上から下に摺れば確実にいくつかのトゲが刺さります。
5年も前の写真ですが、その頃は既に日本は過保護園舎が普及し始めていたので、私は園長に聞きました。
「こんな状態の木を子どもが触れる場所に使って、怪我をしたり親から苦情は出ませんか」
園長はシンプルに答えてくれました。
「苦情は無いです。」
「こんな事で怪我をしたって大したこと無いですし、子どもは次からは気をつけますよ」
この当時、既に過保護園舎に対して疑問を感じ始めていた私にとってはまさに
「そうだよなぁ」
という感じでした。
こんな事を思い出してたら、今日はまた私の好きな園長からある記事を教えて頂きました。
タイトルは"デンマーク 自然体験から学ぶ「森の幼稚園」"です。
記事の一部を抜粋すると
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■自己決定こそ大事
自然の中で散らばって好きなように遊ぶ子供を職員が、
プールの監視員のように目を配ることはできない。
危険がない場所を選ぶことは大切だが、自然の中では、けがをする可能性は確率的には高くなる。
しかし、キャプタインゴーン農場幼稚園のカーン・モーラー園長は
「そもそも危険がない生き方はない」と断言し、
「職員の目が届かないところでこそ、子供は自分たちで決定し、生きる力を身につける」と強調する。
親も「自然の中で遊べばけがもする」と理解を示してくれるという。
万一のリスクを恐れて制限するよりも、得られる経験こそが大切というわけだ。
もっとも、キャプタインゴーン農場幼稚園では設立から20年たつが、大きなけがを伴う事故はない。
(デンマーク・ボーゲンセ 銭本隆行)
全文はコチラ↓
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120123/erp12012313170007-n1.htm
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昔の日本は、こんな環境だったはずです。
親も腹が据わっていたし、怪我をして泣いて帰ったら「何そんな事で泣いてるんだ」位の勢いで叱る位の事が多かったと思います。
だから、子どもだって「こんな事で泣いて帰ったら又叱られる。」と頭を使って生きようとしたものです。
私達は園舎の設計をしています。
世の中を全て変えようなんて思わないですし、変えれるとも思っていません。
全て変える必要だって無いと思っています。
良い事も悪い事も、どちらに属さない様な事も含めて今が動いているのですから。
でも、せっかく園舎設計に沢山関われて、子どもの成長の一端を担えるのであれば、
やっぱり過保護園舎には反対したいと思っています。
世の中の強い流れに反する事は、結構大変な事ですが共感して頂ける方が増えれば嬉しいと思っていますし、一つの流れにもなると思っています。
毎回同じ事を書きますが、挑戦し続けます。















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