森と海のようちえん cocobito

葉山で活動をしている『森と海の幼稚園 cocobito』に伺ってきました。

 

 

と言うのも、ここを運営している園長の松下さんと保育士の篠原さんを、あるキッカケで知り、子育てや保育に対して自分達の追い求め、環境作りをゼロからスタートさせ、更にはその資金集めから一生懸命になって頑張っている姿を知って感銘を受けたからでした。

 

このパンフレットの全体のイメージ図ですらもイラストレーターには頼まずに松下さんの手描きです。

 

 

実際に伺ってみると、こんな環境です。

 

 

 

 

『何も無いじゃないか』と思う人は沢山いるかも知れません。

しかし私には世間一般の幼稚園や保育園には無い物がココには沢山あると思いました。

 

なんと敷地全体は5000坪と言う広さです。

元々は草木が生え茂っているだけの状態だった物を、一年かけてボランティアや地域の方達の力も借りながらココまで切り開いたとの事でした。

 

敷地内部から入り口側を見ると、山と空しか見えません。

 

 

そして空にはトンビが三匹も気持ち良さそうに飛んでいました。

トンビと言えば、私が育った藤沢の湘南台でも小さな頃は沢山飛んでいました。

ピーヒョロヒョロヒョロと言う鳴き声と翼を広げているだけで空を自由に飛び回る姿をずっと見続けていた事を思い出します。

 

敷地には高低差があり、斜面と平らな場所が交互にある環境を松下さん達は『今は三階にいます』とかネーミングをしていました。

そして良く見ると焚火の跡が見えたり。

 

 

今の時代、街の園で焚火なんて自由に出来ないですし、火が危ないと理由で火に近づかせる事すら子供達はさせてもらえない事が殆どですが、ココではそんな事は全くありません。

 

 

実際に焚火をしている時の写真はコチラ(写真提供:cocobito)

 

 

 

大きなイチョウの木の下には沢山の銀杏が落ちていて、銀杏を集めいてたり。(写真提供:cocobito)

 

 

 

 

実は、ココは9月から子供の受け入れをスタートしたのですが、まだ子供は一人だけ。

親御さんが、この環境の素晴らしさを理解してくれて預ける事を決めたそうですが、何とも贅沢な環境です。

 

そして良く見ると子供が裸足で歩いている事が分かります。

 

 

 

ちょっとしたステージの様な物もあったり。

 

 

このステージではテントを張って過ごしたりもしたそうです(写真提供:cocobito)

 

 

先程も書きましたが、私の育った湘南台も当時はこんな感じの里山が沢山あって、毎日こんな感じで野山を駆け回り、その中で沢山の事を学び知ったと思っているので、こんな環境で子供が毎日生活出来る事は今の時代にはとても貴重な事なんだと思います。

 

 

もちろん出来合いのオモチャなんか無くて、森にあった物木々や木の実などを使って様々な遊ぶ物が作られていました。

ちなみにご飯もこのテーブルにお弁当を広げて食べていました。

 

コチラの園は定員は10名までと設定されていて、現在何件かの入園希望や相談は既にある様です。

こんなに豊かな環境で、自治体からの補助金も一切もらわずに運営しているにも関わらず保育料も一か月39,000円と破格の値段です。

 

でも定員10名で39,000円を集めても、390,000円にしかなりません。

そこに園長と保育士の二人がいて、園の経費を控除した後に果たしてどれだけの給料が貰えるのかを考えた時に思わず『安すぎるから、もう少し高くしても良いのでは』と言ってしまいました。

 

ところが、松下さんは『今の保育料では運営が厳しい事は分かっていますが、高くする事で一部の限られた人しか入れない園の様にはしたくないんです。だから保育料以外の部分で収入を得られる様な仕組みを考えたいと思っています』との事でした。

 

とても素晴らしい考えだと思います。

 

しかし、やはり現実的に続けられるのかが心配になってしまいますし、こんな素敵な環境と取組は是非維持をし続けて、より多くの子供達がココで成長して欲しいと思ってしまいます。

 

こうなると、理念に共感するけど変に口を出さないスポンサーが必要です。

 

彼女達の当面の目標は小さくても雨風や寒さを凌ぐ事が出来る園舎です。

恐らく、それを整備するには諸経費込みで1500万くらいは必要なはずです。

 

だからこの資金の一部を提供してくれるスポンサーか、もしくは建築の資材を提供してくれるスポンサーを募集しています。

木構造体、屋根材、外壁材、床材、内装材、衛生設備機器など。

綺麗だったら中古建材でも使い道はあります。

 

是非、貢献したいという方はコチラまで連絡下さい。

https://e-ensha.com/profile_inquiry_form/

 

園をご紹介して繋がせて頂きます。

 

 


園舎設計に必要な事は伝える力

最近、益々ブログを書きにくくなっています。

情報として出してよい事と、出してはいけない事がハッキリしてきていて、どちらかと言うと情報を出してはいけない事の方が増えているからです。

 

だから以前ならタイムリーにドンドン書けていた事が、全然書けなくなっています。

 

だから今日は先日の出張で某国に行った時のホテルでの出来事を。

 

ホテルのラウンジで、アイスアメリカ―ノを頼もうとしたら『それは無い』と言われたので『ではダブルエスプレッソとグラスに氷を入れて持ってきてください』と頼みました。

 

 

スタッフの女性は『それなら大丈夫!』と言った感じで、サッサッと用意してきてくれたのが、コレ。

 

ウイスキーのロックを作るセットが登場しちゃいました。

 

 

いっそ、ここにエスプレッソを入れて飲んでみようかな・・・と思ったものの、何とか気持ちを抑えて『普通のサイズのグラスをください』と可愛らしく言って、最後は事なきを得ました。

 

コミュニケーションと言うのは、上手く伝える方が素晴らしいのか。

それとも、上手く理解出来る方が素晴らしいのか。

 

どちらが正解か何てことはありませんが、伝わらなければ意味をなさない事は事実です。

そして私達の関わる園舎設計には、まさにこのコミュニケーション力が求められます。

 

だから、こんな小さな事からでも反省した日々でした。


レッジョエミリアアプローチから学ぶべき事とは何か

都内で開催されたレッジョエミリア関連のイベントに伺ってきました。

 

イタリアはレッジョエミリアで実際に市立園を運営している組織『パンタレイ』からペタゴジスタのフランチェスカさんと、アトリエリスたのマルコさんが来日されて、昨日から二日間に渡って事例や理念の紹介、座談会等の構成でした。

 

私は昨年と今年の二度、現地に行って沢山の施設を訪問したり、現地で直接ペタゴジスタやアトリエリスタから話を伺いました。

当時のブログでも書きましたが、この素晴らしい取組を多くの方はコピーして『ウチはレッジョエミリアアプローチを取り入れてます』と言うような事とするけど、やるべき事はコピーじゃないと言う事です。

 

この取組の本質にある部分を理解して、それを各国の各園として解釈しなおして実践するべきなのです。

そして、その多くは大人が忘れてしまっている、こどもごころを呼び起こせば自然と様々な事に興味が沸き、その興味こそが子供が様々な事に向ける興味とリンクするはずです。

 

リンクすれば、あとは簡単で、その興味を深く掘り下げる事をしていけば良いと思うのです。

 

もちろん大人が大人なりのアプローチをしすぎる事なく、子供がそれを深く掘り下げる手伝いをする側に回るべきなのですが、それだけの事です。

 

だから、大人は小さな時に持っていた『こどもごころ』を呼び起こさなきゃ。

 

陽の光が木々の間から差し込む美しさ。

水面のきらめき。

風のざわめき。

花の香り。

影の濃淡。

小さな虫の不思議な動き。

 

どれも全てが小さな時は新鮮だったはずです。

 

私は未だに当時のそうした感覚がよみがえりますし、未だに同じ様な感覚を持ちます。

人からは『子供だ』と良く言われますが、そうなのかも知れません。

 

でも、この感覚を忘れたくないと常に思っています。

 


宝塚歌劇団と園舎設計

人生初の東京宝塚劇場で宝塚歌劇団を見てきました。

 

 

特別講演だったので、10時50分から始まり、14時過ぎに終わると言うイレギュラーなスケジュールだったのですが、前半と後半の二部構成はアッという間に過ぎました。

 

別の言い方をすると、大感動の4時間でした。

 

一部の幕が上がった瞬間のカスミ越しに絶妙な立体感のあるライトアップの中で動き始める人からスタートした訳ですが、この段階で『うわっ』とゾクゾクとさせられてしまう始末。

 

その後は、演者の素晴らしいパフォーマンスと共に、オーケストラと、ドンドンと切り替わる素敵な舞台セット。

スピード感溢れる構成に圧倒されてしまいました。

 

休憩を挟んでの二部は、ダンスを中心としたパフォーマンス。

これが更に統率されていて圧巻なのです。

 

そしてトップスターと言われる朝夏まなとさんを中心とした構成は、多くの人を徹底的に魅了する様になっていて、ファンを引き付けて離さない理由が良く分かりました。

 

トップスターの演じ方、立ち居振る舞いはもちろん、出演されている全ての演者の方達が、あそこに至るまでにどれだけの練習を経て来たのだろうと図る事も出来ない位に圧倒されました。

 

改めて一流のプロの凄さに感動し、自らの姿勢を顧みる良い機会になった気がします。

 

宝塚歌劇劇団を見た事が無い人は、是非一度見てみる事をオススメします。


世界遺産と園舎

せっかく福建省に来てるのだから、福建土楼を見ないで帰る訳にはいかないと言う事で、今日は漳州市へ。

車を2時間半程走らせて向かいました。

 

そして目の前にドーンと登場です。

 

 

25年程前に、事務所にいた福建省出身の中国人の方に福建土楼の話を聞いて以来、ずっと見てみたいと想い続けて来たものをようやく見る事が出来ました。

 

この建築は古い物は1300年代に建てられたものであったりします。

この写真から見ても分かる通り円形の物と四角形の物があるのですが、外に対して閉じて内に対して開くこの形状の訳は盗賊対策だったそうです。

 

 

構造は木造で、壁は土で築きあげられているのですが、その厚さは1m50cm程にもなっているそうです。

 

 

中に入ると圧巻です。

『良くこの時代にこんな建築を建てたな』と人間の知恵と力の凄さを改めて強く感じました。

 

 

建築としての居住性については、各居室は狭くて暗いのが現実で快適とは言えないのが住民達の意見でもあるそうです。

 

 

 

またトイレは土楼の中には無く、一時的に容器に貯めたら外の川に流すそうで、これも不便な生活として住民が嘆く理由の一つとなっています。

 

写真に上げているのは観光客が殆どいない所を案内頂いたのですが、実際にはユネスコ世界遺産に登録されて以降は物凄い観光客が訪れる様になり、一部の土楼は完全に観光地かしており内部は全てショップとなっている様な所もありました。

 

更にそうしたエリアは土楼周辺にも及んでおり、かつては茶業で生活を支えてきた住民を観光業として生活を成す様に変化してきている様です。

 

そういえば、こんな巨木がありました。

樹齢650年近いガジュマルの木です。

下に見える人とのスケールを見ればその大きさがどれだけ大きいか分かると思いますが、幹の太さは1m50cmにもなるそうです。

 

 

あと、こんな風景も。

これ、完全に星のや軽井沢です。

 

 

と言っても、コチラの方が圧倒的に古い訳ですから偶然と言う事なんだと思いますが、とても素敵な環境がそこらじゅうにありました。

 

最後の一枚はコチラ。

子供達が川で魚を採りをして遊んでいました。

 

 

おばあちゃんが、昔ながらの天稟で物を担いでいたり。

 

 

土楼の周辺には鶏が放し飼いでウロウロしていたり。

 

 

アヒルも川に沢山いたり。

 

 

そして、そうしたアヒルや鶏は食べる為でもある訳で、そのアヒルを川で洗っている姿をみたり。

 

 

 

こういう風景を見ると、いつもホッとします。

何故なら、子供達や、人間が人間としての基本的能力を失っていないと感じるからです。

 

この地区は良い意味で映画に出てきそうな位の農村部です。

観光客が大量に来る様になり、一部の地域は以前とはかなり変わった様ですが、それでも大半の所は何世紀も変化していない様に見えます。

 

すなわち、そこには業者が作った様な遊具や人工的な遊び場は無いですし、加工済み食品を食べるなんて感覚は無いのです。

しかしどこにも負けない豊かな自然があります。

 

だから子供達は自然の中で自ら遊びを見つけて遊んでいる訳ですし、

動物は食料でありながら共存しているのです。

 

私達が幼稚園や保育園の設計で常に意識している事はまさにコレです。

大人である私達がデザインをしすぎない事。

物や事の過剰供給をしない事です。

 

そしてそこに不足が発生するならば、子供達や大人達が生み出せば良いと思っています。

人が物や事を創造をする余地を残したいのです。

 

今の時代、人間はAIをドンドン進化させて便利な世の中を構築しようと必死です。

しかし、AIとは人工知能であり、それを生み出す過程は人間が行っても、それそのものは人間が思考する事を放棄してAIに思考させようとしています。

 

人間は便利になる事へ知恵を使い過ぎ始めている気がします。

便利になり過ぎると、本来持っていた能力が退化し始めます。

 

こうした田舎を見ると、便利なんて知らなくても人間は十分に笑顔で暮らしていける事を再認識出来ます。

 

中国と言う国は、上海や北京と言ったハイテクが物凄いスピードで進化している巨大都市がある一方で、少し奥に行けばタイムスリップした様な良き時代の風景を沢山見る事が出来ます。

 

多くの人が、こうした風景を自分の目で見て、気持ちを切り替えるきっかけになって欲しいと思う一日でした。


幼稚園施設 調査(大阪編)

先週にに引き続き今週は大阪で、文部科学省『学校施設の在り方に関する調査協力者会議 幼稚園施設部会の現地調査に。

朝から大阪空港経由で大阪に入って二件の調査を終えました。

 

 

 

この調査においては事前に様々な方から推薦を受けた施設の中からセレクトがされた上で視察をしている事から、一定の評価を受けている施設として調査に来ているので当然かも知れませんが、今回の視察においてもとても豊かな環境を見る事が出来ました。

 

特に園庭は沢山の木々に囲まれた環境が、猛暑の中にも関わらずしっかりと木陰を作って涼しさを生み出していました。

そして、そこには園長の手作り遊具が抜群の一体感と雰囲気を演出していて、子供達が実に多様な遊び方をしていました。

 

もちろん、この環境を生み出した事に対して使いこなす現場の先生達、子供達の小さな怪我は成長に必要な事として認識する保護者等、様々な関わる人達の素晴らしい意識があるからこそ、成立している訳で環境だけ真似ても同じ様になる訳でない事も事実です。

 

世界にも沢山の素晴らしい幼稚園や保育園がありますが、日本にもまだまだ沢山の良い施設がある事を改めて認識する良い機会になっています。

 

明日も引き続き調査が行われます。


『無いなら作ればイイ』が子供達を豊かにする

文部科学省『学校施設の在り方に関する調査協力者会議 幼稚園施設部会』の活動として、現地調査として各地を回る事が始まっています。

 

さすがに全ての回に参加出来ないのですが、今回は北海道は札幌の調査へ参加してきました。

 

二箇所視察させて頂きましたが、施設としては決して新しくは無い所でした。

しかし、これがかえって調査事例としては良かったと思える一日に。

 

二つの園は共に、園長を始め、現場や保護者が協力して一生懸命に子供達の為に環境が作られていたからです。
そして決して過剰に安全性を気にする事や、大人が干渉しすぎる事も無いスタンスがある為に子供達は活き活きとしていました。

 

 

 

 

また外部環境は、どちらも既成遊具に頼らずに出来るだけ自然を活用したり、手作りの遊び場を子供達に提供していて遊べて素晴らしかったです。

 

まさに「無ければ作ればイイ」の感覚を皆が持っているのには感動しました。

 

一部の地域では0歳から12歳までの一貫教育的な事もスタートしていたり。

 

地方は都市部より少子化が顕著だったりして心配もありますが、新しい事を直ぐに挑戦したりする意欲や行動力は都市部なんか敵わないです。

 

もちろん、都市部には都市部の園としての条件があり、魅力がある訳ですが、今回の北海道の事例はその取り巻く環境を十分に活かした事例だったと思いました。

 

ますます地方に注目です。


幼児の城 in NY 一日目

NYに来ています。

明後日にメインの用事があるのですが、少し前乗りして色々と視察をしてインプットをします。

 

通りがかりで見たこの建物。

こんな豪華な造りの建物が郵便局です。

 

 

一体中はどんなになってるんだと思ったので入ると。

 

 

豪華で美しくて溜息でます。

日本で生まれ育った感覚だと、郵便局が何でこんな豪華なのかと思ってしまいますが今の様に誰でも簡単にメールのやりとりが出来ない時代は手紙って、とても貴重で崇高な物だったんですよね。

そんな事を改めて思わせてくれる建築って、すごいです。

 

そして、このまま歩くと出てくるのがセントラルパーク。

NYは三回目ですが、やっと来れました。

 

 

ここに児童遊園的な場所が幾つもあるのですが、共通して言える事は遊具の色が無彩色である事。

だからこうして写真を撮っても美しい緑あふれる景観を壊していません。

これ、私達が常に言い続けている事と同じです。

 

遊具がカラフルである必要なんて全くないと思います。

むしろ森にある木々の様に自然な色で風景になじんでいる方が良いと思っています。

 

 

他の所も同じで無彩色統一です。

 

こんな岩がそのまま露出されていて、これも子供達の遊び場になってました。

 

 

ちなみに、高さは5m近くある所も。

とても滑りやすいのですが、手摺なんか無いのです。

だから親はちゃんと自分の子供の動きを見てる。

子供達も自分で危険な箇所を意識しながら遊んでいるのです。

そして、こうして親が責任を取る事で、施設管理者側は余計な安全策に気を遣う事なく、もっと他の景観を整えたりする事に労力を使えると言う訳です。

更にこの結果は、子供達にとって施設的な制約がなくなる訳ですから思う存分遊ぶことが出来る訳です。

 

現在の日本だったら誰かが「あれは危ないから柵を付けろ」と「人を入れなくしろ」となるのがオチです。

昔の日本はそんな事無かった訳ですから、日本は改めてこうした本質的な子供たちの成長する環境について考える必要があると思います。

 

 

それにしてもイイ公園です。

 

 

更に次はメトロポリタン美術館へ。

 

 

中はこんな感じ。

 

 

実に採光の取り方が美しいです。

 

 

で、目的は実はこちら。

 

コム・デ・ギャルソンのデザイナー、川久保玲さんの展示です。

 

 

日本人デザイナーが、こんな世界的美術館で企画展されているなんて本当に誇らしい話です。

 

 

川久保さんの実績は言うまでもありませんが、世界的評価されてからこれまでも全くセンスが衰えないってスゴイです。

 

 

そして、この世界観。

当初は賛否両論が巻き起こったとされる前衛的なスタイルも今では様々な世界的賞を受賞されて世界を認めさせてしまいました。

 

 

私は常に社内で、『世の中の流行りを知る事は大切。しかし自分達の領域において流行りに乗ろうとするな。流行りは自分達が作るんだ』と言っています。

川久保さんの展示と歴史を見て感じると、改めて私達の進んでいる道に対して後押しをしてくれた様な気がしました。

 

 

 

最後はコチラ。

再び美しくて豪華な建築。

実はこれはNY州の公立図書館です。

 

 

最初の郵便局もそうですが、こうした公共的建築のレベルの高さは国の文化度を実に表していると感じます。

そして歴史はお金で買う事の出来ない訳であり、年月を積み重ねてきた物の強さを認識する良い機会になりました。

 

 

こんな図書館、羨ましすぎます。


ハンディキャップとは何か

以前に、筑波技術大学の学生から『会って話を聞きたい』とオファーをもらい、先生と共に来社された事が縁で、今度は私達が大学へ伺ってきました。

 

筑波技術大学は、視覚障碍者と聴覚障碍者の為の大学で国立大学法人として運営がされています。

この中に、建築やビジュアルなどのデザイン学科があります。

 

 

一つの部屋に入ったら、ホワイトボードにはこんなメモが。

 

 

カウントダウンされていく感じから、学生の緊張感が伝わってきます。

大学は視覚障碍者キャンパスと聴覚障碍者キャンパスと二つのキャンパスに分かれていて、私達は聴覚障碍者キャンパスに伺ってきました。

 

訪問して案内されて知ったのですが、聴覚障碍者の為に小さな工夫が沢山されているのです。

音が聞き取れないレベルの個人差はあるものの、聞こえない前提となると会話は手話となります。

手話での会話で大切な事はお互いが見える事です。

だから、結構ガラスが多用されていたり、そのガラスも床からガラスの所が多いのです。

更には、会話する時には必ず横に並んでお互いを視認しながら会話する必要がある事から、廊下には立ち止まれるスペースがあったり、災害時や授業のチャイム等、何か全体に情報を伝える為の手段として色のついたフラッシュランプや電光掲示板が用意されていたり。

『なるほどなあ』と言う工夫が沢山されていました。

 

でも、『なるほどなあ』と言う感覚と同時に私の中には『これで良いのかな』と言う感覚も出てきました。

大学生の聴覚障碍者は、聴覚以外は全く健常な人と変わりはありません。

むしろ、健常者よりも感覚が研ぎ澄まされている様な部分もある気がします。

だから、彼らが大学を卒業したら十分に一般社会で活躍出来る能力を持っているのです。

 

だとすると、一般社会で生きていく事になる訳ですが、一般社会には筑波技術大学の様な細やかな配慮はされていません。

どんなにユニバーサルデザインやバリアフリーデザインが謳われたとしても、世界中のすべてにおいて浸透して整備される事にはならないです。

すなわち、聴覚障碍者でも一般社会で活躍するには逆に一般社会にフィットする能力を鍛える事の方が大事なはずなのです。

 

でも大学の施設は、鍛えると言うよりは、むしろ努力しなくても過ごせる環境を作り上げてしまっていました。

 

障碍者に対して優しい社会である事は良い事です。

しかし、障碍者だって十分な能力がある人は沢山いるのだし、一般社会で活躍出来るならば、あえて気を遣い過ぎない方がイイような気がしました。

 

夕方に学部3年生の設計課題が『幼稚園』という事で、それの中間発表が行われるのでレビューに参加して欲しいと言われたので参加させて頂きました。

 

 

学生の案って、粗削りですが伸び伸びとしていて楽しいです。

緊張している様子は感じましたが、それぞれが一生懸命に考えてきたのが解ると、コチラもワクワクしました。

 

そして、この後に同行していた福祉研スタッフの中山から、担当しているプロジェクトのプレゼンを御礼に。

 

 

建築設計って、お客様から依頼を受けて、お客様の資金を使って建築を建てるという事。

そして、それにはとても大きな責任が伴うという事。

デザインに好き嫌いはあっても正解は無いという事。

正解がないデザインを、どうやって導いていくのかという事。

だからデザインには理由を付けるという事が大切であるという事。

などをお話しさせてもらいました。

 

担当の先生が手話で伝えてくれたのですが、皆一生懸命にメモを取ってくれていたのが嬉しかったです。

 

今度は彼らが来年にインターンに来たいそうなので、受入れをしたいと思います。

 

彼らを見ていると、障碍者と言う枠でくくるのが勿体ないと思うくらいに一人一人は個性があって、健常者には無い長所を持っていました。

それを見ていると『障害やハンディキャップって一体何なんだろう』と思いました。

だって私達が持っていない物を彼らが持っているのです。

だとしたら、彼らの社会に入れば私達がハンディキャップを持っている訳です。

例えば私は手話の会話を理解出来ないです。

でも彼らは声に出さなくても身振り手振りで会話が出来てしまうのです。

 

要するに『ハンディキャップ』なんて見方は大多数から見ているだけの事であって、多数派が主流であるなんて言う勘違いから派生した観念の様なのだと思います。

 

お互いが、お互いの能力を尊重して活かす事が出来る社会になれば、世界はもっとエキサイティングで素晴らしい物になる気がします。


障碍者施設だって快適に作らなきゃ

国立の某大学から聴覚障害を持つ、建築学生が来社してくれました。

以前に放映されたTV番組を見て、来社して話を聞きたいとの依頼です。

 

会ってみると、とても爽やかな雰囲気を持った好青年です。

そして自らの意志もしっかりと持っていそうです。

 

幼少期から聾唖学校で育ってきた中で、現在の聾唖学校の環境が、そこに通う子供達の為では無く管理者目線で作られている事に対して問題意識を持ち、何とか変化させていきたいと言う事でした。

そして、それについての意見を私に聞いてきました。

 

最近の大学生は少し子供っぽいなと感じていたのですが、むしろ彼は見た目は現代の若者ですが、心の中にはしっかりと社会に対する意識を持っている大人の様に見えました。

 

障碍者の事をハンディキャッパーと英語で言いますが、私は決してハンディを持っているとは言い切れないと思っています。

例えば、今日来社した彼は人が話している口の動きを見て会話を想像出来ます。

もちろん手話も出来ます。

この段階で既に私なんかよりも圧倒的に優れた部分を持っている訳ですが、こうした能力はガラス壁を挟んでいても視認さえ出来れば会話を成立させる事も出来ます。

 

身体に不自由の無い人から見れば、そうした人と同じ様な動きは出来ないかも知れませんが、その人の出来ない事が出来てしまうんですから、どっちがハンディを持っているのかなんて議論はナンセンスです。

 

そして彼は卒業後は普通の社会人として社会で活躍したいと望んでいます。

 

ただ、どうしても世の中は障碍者に対して『可哀想』とか『弱者』と言う偏った視点で見てしまいます。

そして、障碍者が使う施設に対して設計すると障碍者向けの施設を作ってしまうのです。

 

しかし、障碍者の方は本当に障碍者施設に通ったり働きたいと思っているのでしょうか。

幼少期に精神的な負担が多かった事から一般社会にフィットしない人がいる事は理解しています。

でも、もし私が障碍者だとしたら自分の生活環境は多少不便でも、障碍者向けの空間よりも、純粋に気持ちの良い空間の方が良いと思うのです。

 

こんな話を彼に投げ掛けたら彼も『私もその方が良い』と言ってくれました。

 

この話は子供の施設を設計している時と全くリンクします。

子供の施設を設計していると『それは子供が怪我をするから止めて欲しい』と言う大人の意見が飛び交います。

しかし子供は『ワクワク』や『ドキドキ』と言った少し危ないなんて事には挑戦したいのです。

障碍者の方に対しても大人が『それは障碍者には危ない』『使いにくい』と言って残念な方向になってしまう事例が多いのです。

 

でも、大人や管理者が『そんな時は私達がカバーするから大丈夫』と言う気持ちを持つだけで施設の雰囲気はガラっと変えられるのです。

 

すなわち建築で100%を満たす必要なんて無くて、そこにいる人達がお互いに気配りや心配りをすれば建築以上に質の高い快適な施設を造れるのです。

 

これまで子供の施設だけに強く関わってきましたが、障害者やお年寄りの施設においても結局は人間が強く関わる事で、そこを中心的に使う人が快適に過ごせるヒントがあるのは同じだと気づかせてもらいました。

 

とても良い交流の機会だったので、今度は私達が彼の通う学校を訪問させてもらう事を約束して終わりました。

 

 

 

 

 

 

 


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